◆臺北燈節(北門﹣承恩門建物編)
こんにちは。シュンコウです!
今日は台北ランタンフェスティバルに行ってきましたのでそのレポートをさせて頂きます
写真も多く長くなりますので、何回にわけてお伝えします!
台北ランタンフェスティバルの開催期間は元宵節(旧暦1月15日)前後の10日ほどで、元宵節は旧正月の最後の日にあたります。
◆台湾ランタンフェスティバルとは
「民俗文化根、伝統国際化(風習を文化として根ざし、伝統を世界に広めよう)」を合い言葉に、1990年、現在の台湾フェスティバルの原型である「台北ランタンフェスティバル」が開催されて以来、毎年元宵節に行われています。元宵節にランタンを提げる伝統風習イベントを、地元に根ざした伝統やハイテク、国際化の理念を織り交ぜながら、スケールの大きな観光イベントに発展させました。以来、ランタンフェスティバルは国内各地で催され、全国的な祝賀イベントとなっています。中でも「台湾ランタンフェスティバル」は抜きん出た、国内外でも著名な祝賀イベントです。
HPより引用
◆北門-承恩門とは。
中正区の忠孝西路と博愛路の交差点には清国時代の城門が聳え立っています。朱雀色の雄大な外観はまるで砦のようで気迫に満ちています。ここ北門は台北でもめずらしい清国時代の風貌を残す城門です。
清国末期、台北城は五つの城門を擁しており、それぞれ東、西、南、北、および小南門に分かれていました。北門は1879年に建てられ、かつて大稲埕に通じる最も重要な出入口でした。北門はまたの名を「承恩門」と言います。これは外壁の丸い入り口の上に「承恩門」と書かれた門額があることに由来し、「北方に向かって皇帝の恩を受ける」という意味があります。かつて清国から派遣された地方の役人は承恩門から台北城に入り、一般の人たちは南門から入っていたとのことです。
北門は閉鎖型のトーチカ式の建築で、岩石を積み重ねてできています。壁は赤レンガで、外側には漆喰が塗られています。これは防御と防火の機能を備え、一見して重厚な造りであることが分かります。屋根は伝統的な閩南式の「歇山単簷」と呼ばれる造りで、燕尾がかすかに跳ね上がっているように見えます。厳粛な佇まいの城門ですが、滑らかな曲線によってシンプルかつ柔和な印象が与えられています。
日本統治時代、市街地改正計画により西門は撤去され、終戦とともにその他の城門も本来の姿が失われていきました。そうした中で北門だけは昔の姿をとどめ、国定古跡にも指定されています。百年あまりにわたって車が往来する中に聳え立ち、歴史の変遷を見つめてきました。素朴かつ古色蒼然とした佇まいとなっています。昔を振り返る際には、台北古城である北門を訪れるのをお忘れなく。必ずや実り多き旅となることでしょう。
HPより引用
明治28年(西元1895年) 9月19日 撮影
引用元:陸軍参謀本部陸地測量部
1962年北門﹣承恩門 引用:張哲生
1976-1995年北門﹣承恩門 引用:張哲生
2016年2月北門﹣承恩門
◆北門-承恩門
2017年02月03日撮影しました!
高速道路の高架に覆われているためか、存在感が薄い北門ですが、去年の正月時期に、高架が取り払われまわりと一緒に再開発が進んでいるんです。
北門を過去と未来の歴史の通り道に位置付け、3Dマッピングを利用し、ウエストサイドの異なる年代の代表的な風情を探索するそうです。
北門-承恩門ライトアップ♪
◆北門-承恩門プロジェクションマッピング映像♪
◆北門-承恩門タイムラプス映像♪
◆いかがでしたか?
今度台北を訪れる際は、ランタンフェスティバルもスケジュールのひとつに入れてみてください。
台湾の伝統的な催しを体験して欲しいです。
きっと台湾での忘れられない旅の思い出の1つになると思います。
以上シュンコウでした♪